【30代からの学び直し】日銀が金融緩和政策を一部見直し!長期金利の上限を引き上げたってどういうこと?私たちの暮らしはどうなる?
2022年12月、日本列島に激震が走りました。日本銀行の黒田東彦総裁(2023年4月退任予定)が従来の金融緩和政策を一部修正することを発表。国債の長期金利の変動許容幅を±0.25%程度から±0.50%程度に拡大し、上限が引き上げられました。「なるほどな。とうとう動いたか…」。某経済系新聞の記事を読み、つぶやく男がここに1人…。男の名前は「金尾学(かねおまなぶ)」。しかし、次の瞬間、彼はこう叫びました。「いやいや!国債とか、長期金利とか、『事実上の』利上げとか、何を言っているんだぁぁぁ…誰か教えてぇぇぇ!!」なんということでしょう。彼は記事の中身をまったく理解できていなかったのです。
??「またこの始まり方ですか?私が解説しますよ!」
またもや偶然、本当に偶然、通りかかったのは、テレビのコメンテーターとしても大活躍中の経済アナリスト・馬渕 磨理子(まぶち まりこ)さん!
金尾「これはこれは女神様!その節はありがとうございました。ぜひまたお金について、教えてくださいぃ!!」
今回の「30代からの学び直し」では、「為替」に引き続き、馬渕磨理子さんに「国債の金利」について、わかりやすく解説していただきます。
<登場人物紹介>
馬渕 磨理子さん
一般社団法人 日本金融経済研究所 代表理事。コメンテーターとしてテレビ各局に出演し、ラジオ番組のレギュラーももつ人気経済アナリスト。通称「うまちゃん」。
金尾 学
30代のとにかく学びたい男。学ラン姿にグルグル眼鏡のトラディショナルスタイルが特徴。いかにも真面目そうな外見だが、その実態は…?
日銀関連のニュースによく出てくる「金利」って何なの?
金尾:というわけで、今回も馬渕さんに登場いただきました!さっそくなんですが、「長期金利」って何なんですか?「金利」って借金したときに取り立てられるヤツですよね?
馬渕:ここでいう金利とは、「国債の金利」のこと。国債とは国が発行している債券で、いわゆる「国の借金」と説明されることが多いですね。「長期金利」とは「10年債(償還期間が10年の国債)の利回り」を指すことが一般的です。今回、日銀が金利を引き上げた「長期金利」も、この10年債の利回りだけです。
金尾:なぜ10年債だけを引き上げるんですか?
馬渕:簡単にいうと、10年債が一番メジャーな国債なんです。メジャー、というのはそれだけ10年債を購入する投資家、金融機関が多く、よってたくさんのお金が流れるため為替などへの影響も大きいのです。日本の10年債は、景気浮揚を狙って金利が低く抑えられていました(次節で詳述)。通常、債券は短期のものは金利が低く、長期になるにつれて金利が上がっていくもの。しかし、10年国債だけ短期の国債よりも金利が低いという逆転現象が起こっていたのです。
金尾:そんな!銀行の普通預金よりも、定期預金の方が低金利みたいなことですよね?納得がいかない!
馬渕:そうなんです!だからこそ、2022年12月に日銀が10年債の金利を引き上げるという決定を行ったというのが大きなニュースになり、為替にも大きく影響しました。
金尾:それが「長期金利」の利上げ、ってことですか!
馬渕:実際には、国債の長期金利の変動許容幅が±0.25%程度から±0.50%程度に拡大されたということですね。あくまでも、「ゆがんでいた国債金利を是正するのが目的で、金融緩和策の解除ではない」というのが日銀の言い分です。だから「事実上の利上げ」なんて言われています。
金尾:でも、なんでゆがみを解消しなければいけないんですか?
馬渕:諸外国から「日本の金融政策ってゆがんでいて、ちょっとおかしくない?」と、指摘されることが多々ありました。つまり外的圧力から改善することになったとというのが1つ目のポイント。また、ゆがみができていた状態では、国債の金利で利益を得ようとする銀行の収益悪化にも影響があったと言われていて、それを改善する目的もあります。あとは、2022年は「円安」が進み過ぎたので、為替を「円高」に推移させたかったという狙いもあったと言われています。
金尾:前に教えてもらった、物価が高くなった元凶の「円安」ですね!(ドヤ顔)
馬渕:結果、「円高」が進んだので、日銀は一定の狙いを果たせたとも考えられますね。
金尾:やったぜ、日銀。
国債の金利って私たちの生活にどう影響するの?
金尾:金利っていうのは誰がどうやって決めているんですか?
馬渕:金利には先程話した国債の金利(利回り)のほかに、銀行など金融機関の金利(お金を貸し出すときに適用される金利)があります。金利には、その取引期間によって短期金利と長期金利の2種類があり、短期金利は日本銀行が設定する政策金利によって決まり、長期金利は市場の需要と供給のバランスによって変わってきますが、日銀は目標となる金利と許容変動幅を定めることができ、コントロールが可能です。
金利の種類
種類 | 短期金利 | 長期金利 |
---|---|---|
取引期間 | 1年未満 | 1年以上 |
主な変動の要因 | 日銀が金融政策によって設定 | 基本的に市場の需要と供給のバランスで決まる |
代表的な指標 | 政策金利 | 10年債の金利 |
金尾:国債の金利が一部変わったというのはわかりましたが、それってどんな影響があるんですか?
馬渕:国債の長期金利の動きは、金融機関の預貯金の金利に、そして住宅ローンの固定金利にも大きく影響を及ぼします。利上げされれば住宅ローンの金利も上がってしまう可能性があります。
金尾:マイホームがますます遠のく!
馬渕:ほかにも、金利は景気にも影響があります。中小企業の経営者の方々は、短期でお金を借りることが多いのですが、金融機関の金利が上がると、お金が借りにくくなってしまいます。大きな事業を立ち上げづらくなり、景気が冷えこんでしまう可能性もあるんです。
金尾:オーマイガー!
馬渕:長期金利が上がると、ローンなどの面で国民が少し苦しくなってしまう。短期金利が上がると、経営者が苦しくなってしまい、景気や賃金などの面でも影響が出てしまうというわけです。逆に金利が下がると、お金を借りやすくなるので、お金が循環して景気が良くなる傾向にあります。
金尾:では、株や年金への影響はありますか?
馬渕:株価イコール経済・景気だと思っていいので、金利が上がると景気が悪化し、株価が下がる傾向があります。実際、2022年のアメリカの株価は金利上昇を受けて、大きく下がりました。年金は日本の株価だけに影響を受けないように運用されていますが、物価上昇の局面では、相対的に金額が下がってしまうという懸念がありますね…。しかし、注意したいことは、利上げと利下げはサイクルするものだということです。ずっと上がり続けたりするものではないのを覚えておいてください。
長期金利が上がると | 長期金利が下がると | |
---|---|---|
住宅ローン | 住宅ローンの金利が上がる | 住宅ローン金利は下がる |
景気 | 短期金利が上がり、お金が借りにくくなる | 短期金利が下がり、お金が借りやすくなる |
株価 | 景気が悪化し、株価は下がる | 景気が上昇し、株価が上がる |
金尾:とりあえず金利は上がらない方がいいってことですね!
馬渕:そうとも言い切れないんです。たとえば、アメリカは短期金利が4%程度と高い水準にあり、消費者物価も上がっていますが、労働者の賃金も大幅に上がっています。お金が回っているということですね。日本では賃金が上がらないのに、消費者物価が上がり、金利が上げられないという状況なんです。
金尾:「金利」と「賃金」と「物価」。うーん、ややこしくなってきたぞ。
馬渕:アメリカで何が起こっているかというと、アメリカは「景気が良すぎる状態」なんです。消費者物価が上がり、賃金がどんどんと上昇している。景気が良すぎるので、バブルにならないように抑えなければならない。金利が上がる=景気が冷え込むと説明しましたが、アメリカのように景気が良い状態だとバブルのような状況にならないように、金利を引き上げているんです。
金尾:なるほど。うらやましい…。じゃあなぜ日本で長期金利の利上げなんて話が出てくるんですか!日本はそんな状況じゃないでしょう?
馬渕:日本はこれまで30年の間にほぼなかった「物価の上昇」の局面を迎えてしまったんです。物価が上がり、インフレが起こっている状況下では、国は利上げをして早めに鎮静化させなければなりません。だからこそ、アメリカのように「金利」と「物価」と「賃金」のバランスを取るために、政府が企業に対して、盛んに「賃金の上昇」を訴えているという状況です。
金尾:物価が上がれば企業の収入も増える、企業の収入が増えれば賃金が上がる、賃金が上がればものを買うので好景気になる、好景気になれば金利が上げられる…そういうことか!
馬渕:そういうことです!金尾さん、わかってきましたね。企業にとっても、今こそが賃金を上げる大チャンスなんです!
日銀や政府の金融政策を私たちはどう受け止めるべき?
金尾:今が景気を好循環させるチャンスでもあることはわかりました。では、日銀はこれから何をしていこうとしているんですか?
馬渕:景気の好循環を生むためには、賃金の上昇が確認できるまで、日銀は本格的な金利の利上げに踏み切らないと考えています。注目されているのは、日本政府と日銀が2013年に結んだ共同声明(アコード)を見直すかどうか。「2%の物価目標」を目指していましたが、この10年間で達成することはできませんでした。これを根本から考え直すか、それとも目標を維持し続けるのかを議論している状況なんです。
金尾:考え方の良し悪しはともかく、見直しになると賃金や景気が良くなることを目指していたのを否定してしまうのではないですか?
馬渕:そうなんです。アコードの見直しは、アベノミクスの否定にもなり、景気悪化を引き起こす金利の引き上げにもつながりかねないので、非常にナイーブな問題なんです。新たに日銀総裁となる植田和男さんは、今のところ(2023年2月時点)アコードを「変える必要はない」と明言しています。仮にこの先、アコード見直しの方向となったとしても、現在の金融政策は否定しないようなソフトランディングが求められ、難しい舵足りを迫られることになります。
金尾:むちゃくちゃ大変じゃないですか!僕に総裁のオファーが来たら断ります!!
馬渕:絶対にオファーは来ないので安心してくださいね。総裁は、言葉ひとつ間違えただけで一気に円高にも円安にも進む可能性もある、大変な立場ですから。だから、アコードの見直しにも新総裁は言葉選びに神経を尖らせているのです。
金尾:うーん、どんなにお金を積まれても、ますます総裁をやりたくない!…では、日本の景気を立て直すためには、どんなことが必要でしょう?
馬渕:日本ではこの30年間、ものの値段がほぼ上がらず、大企業のトップから専業主夫・主婦にいたるまで、「安いことがすばらしい」という刷り込みに近い価値観が浸透してきました。だから賃金も上がらず、金利も上がらず、ガラパゴスな経済が作られてきたのです。しかし、ほかの国々は、ものの値段が上がっても賃金が上がるなら問題ないという考え方で成長を続けてきたのです。そのことに気づかされ、そろそろ金利を上げなきゃ!と慌てているのが、2023年の今の状況なのではないでしょうか。
金尾:家電だけでなく、人々の景気のマインドまで日本はガラパゴス化していたとは…!
馬渕:島国だからこそ、局所的に特別な経済の形が生まれてしまうのかもしれませんね。何はともあれ、賃金上昇を伴う物価上昇が確認できてから金利の上昇を容認しなければ、景気が腰折れしてしまいます。「賃金」と「物価」と「金利」のバランスを取りながら、金融政策を進めてほしいところですね。
金尾:ありがとうございます!よくわかりました。日本の将来に、少し希望の光も見えてきた気がします。
馬渕:この賃金上昇を伴う物価上昇のタイミングがうまくいけば、これから日本経済が上向いていく可能性も十分にあると思いますよ!
金尾:そうなれば、僕が億万長者になる日も近いということですね!
馬渕:それは無理。
金尾:…。
まとめ
新聞やニュースを眺めるだけでは、いまいち理解しづらい「国債の金利」について、あらためて考えるきっかけになったのではないでしょうか。では最後に、今回の学びポイントを整理してみましょう!
- 経済ニュースにおける長期金利とは、基本的に10年債の金利(利回り)のことを指す!
- 金利には長期金利と短期金利があり、長期金利は住宅ローンをはじめとした金融機関の金利に大きく影響する!
- 一般論として利上げになると、住宅ローン金利の上昇や短期借入金利の上昇で、とりわけ企業の経営者はお金が借りづらくなり、景気は冷える傾向に。逆に利下げは景気を良くする。
- 「賃金の上昇」「物価の上昇」「利上げ」のバランスこそが、景気を好循環させるカギになる!
読者の方には、すでに住宅ローンを組んでいる方や投資をしている方も少なくないはず。とくに、金利の基本、政府・日銀の金融政策と日本の景気との関係性は、知っておいて損がないトピックスだと思います。
経済アナリスト・馬渕磨理子さんのわかりやすい解説で、みなさんも「金利」についてよく理解できたのではないでしょうか。次に日銀関連のニュースを読む際には、また違った視点で見られるかもしれませんね。
- 取材・文:庄子洋行
- 撮影:竹下朋宏
ソナミラ株式会社 金融商品仲介業者 関東財務局長(金仲)第 1010号