「給与のデジタル払い」が2023年春から解禁!税理士・社会保険労務士がメリット・デメリットを徹底解説
会社で働く人にとって、給料日は楽しみなものです。かつては現金の入った封筒を上司から手渡しされる、なんて時代もありました。今は明細のみが渡され、給与は銀行振り込みという形が主流だと思います。 そんな「給料日」の形が、2023年春からまた大きく変わるかもしれません。2022年11月28日、厚生労働省は「労働基準法施行規則の一部を改正する省令」を公布し、2023年4月より、いわゆる給与のデジタル払いが解禁されることになりました。 最近よく話題になる給与のデジタル払いですが、「イマイチ、どういうことかわからない」「新しい流れについていけるか不安…」と感じる方もいらっしゃるはずです。今回の「専門家インタビュー」では、税理士の本山惠一さんと社会保険労務士の前川翔さんに「給与のデジタル払い」について詳しくお話を伺いました。 ※2022年12月時点での情報を基に解説していただいています。
<専門家プロフィール>
税理士・行政書士 本山惠一さん
1967年愛媛県生まれ。2008年に税理士事務所を開業。リブロス総合会計事務所/リブロス株式会社の代表を務め、企業の経理業務におけるコンサルティングや決算・財務戦略、会社設立のサポートなど、さまざまな業務を手掛けている。
社会保険労務士 前川翔さん
1983年神奈川県生まれ。2019年にリブロス総合会計事務所に入社。就業規則など各種規程類作成支援や助成金申請支援に加え、労務と税務会計の両面からのアプローチがクライアントから高い評価を得ている。
給与のデジタル払いとは?解禁される理由は
社会保険労務士の前川翔さん
――2023年春に解禁される「給与のデジタル払い」の概要を教えてください。
前川:現在、労働基準法では、賃金の支払い方法は原則「現金手渡し」、また労働者の同意を得た場合に銀行口座・証券総合口座への振込が認められています。
今回、第三の賃金支払い方法として、「資金移動業者」いわゆる「○○ペイ」などのキャッシュレス決済アプリや電子マネーの口座への振込という選択肢が追加されることになります。
――私たちの暮らしにも「キャッシュレス決済」はすっかり浸透してきました。この「給与のデジタル払い」について、お2人はどのように感じていますか?
本山:賃金を支払う側にとって支払い方法が増えることは、手続きがより複雑になり、手間がかかってしまうかもしれないと最初に感じましたね。
前川:「私は銀行払い」「僕はデジタル払いで」と希望の支払い方法が人によって変わってしまうと、企業側の手間が増えてしまうことは予想できますね。しかし、若い方のなかではキャッシュレス決済の文化が根付いてきて、「私は買い物に○○ペイしか使わない」という消費者も増えているといいます。そういった方たちには抵抗感がなく、受け入れられるのではないでしょうか。
――政府が「給与のデジタル払い」を解禁しようとするのはなぜなのでしょうか?
前川:コロナ禍によってもとめられるようになった「新しい生活様式」への対応として、人と人の接触を少なくできるキャッシュレス決済の推進・拡大が理由の1つに挙げられるでしょう。また、外国人など、日本で銀行口座を開きにくい方々などにニーズがあることも挙げられます。つまり、外国人労働者の受け入れ拡充の面でのメリットを狙っているのではないかと思います。
本山:厚生労働省は、労働者のニーズ調査において「キャッシュレス決済の利用者のうち、4分の1程度が『制度を利用したい』と回答した」と公表しています(※1)。今でも一定のニーズがあり、今後さらにニーズが増えていくと予想されることも給与のデジタル払い解禁の理由になっているのではないでしょうか。
※1 出典:厚生労働省「資金移動業者の口座への賃金支払について」P.40参照
――どのような決済アプリや電子マネーが「給与のデジタル払い」で使えるようになるのでしょうか?
前川:現段階で、全国の財務局などに登録されている「資金移動業者」が80社ほどあります。ここには「LINE Pay」や「PayPay」などがリストアップされていますが、「Suica」のような交通系ICカードは含まれておらず、また交通系ICの場合は入金できる上限額が低いため、給与のデジタル払いの対象とならないのではないかと考えられます。
従業員・会社側、それぞれのメリット・デメリットとは?
税理士・行政書士の本山惠一さん
――従業員側・給与を受け取る側にとってのメリット・デメリットにはどのようなことが考えられるのでしょうか。
前川:まず、普段の買い物に使っている「○○Pay」などに、直接お金が入ってチャージする手間が省けるというのは、キャッシュレス決済を頻繁に利用する方にとってのメリットになります。そして、銀行口座を持っていない方が給与支給方法として選ぶことができる点が大きなメリットです。先程、申し上げたような外国人労働者が該当しますね。
本山:ただし現在、資金移動業者のサービスには「ためられる金額が100万円まで」という規定があるんですよね。キャッシュレス決済は、ためるという使い方には適していない。こまめに現金化や銀行口座への移動が求められ、余計に手間がかかってしまう可能性もあると思います。
やはり、外国人労働者や学生の短期アルバイト、スポットでの副業などで「すぐに使える形で給与を受け取りたい方」にとってのメリットが大きいと思います。それであれば、「ためられるのが100万円まで」というデメリットも最小限にでき、有効活用ができるのではないでしょうか。
前川:キャッシュレス決済が普及してきたとはいえ、公共料金の引き落としなどはまだ対応していないサービスも多く、今後の動向にも注視する必要がありますね。
――では、企業側・給与を支払う側にとってのメリット・デメリットを教えてください。
本山:一般的にデジタル決済手段への支払いには、銀行振込ほど手数料がかからない場合が多く、振込手数料が削減できるのは大きなメリットです。
前川:振込手数料がかからない分を労働者に還元する、手数料はもとより支払いのタイミングにも柔軟性がもてるため、月払いではなく週払いや日払いに変える、ということも考えられ、労働者にとってより魅力のある募集をかけられるケースもあるかもしれません。
本山:企業側のデメリットとしては、やはり手続きが複雑になってしまうことですね。「給与の一部だけをデジタル払いで」など、従業員からさまざまなニーズが出てくる可能性もあり、銀行口座払いとデジタル払いの同時運用が必要になることで、企業側の負担がさらに増えていくことも考えられます。
――万が一、決済サービスの事業者が破たんしてしまった場合には、救済措置はあるのでしょうか?
前川:現時点では、救済措置についてはまだはっきりとは決まっていません。セキュリティの不備などで利用者が不利益を被る可能性もあり、保証制度に関してはまだ問題が多く残っていると思います。
「給与のデジタル払い」について認識しておくべき3つのこと
――「給与のデジタル払い」が解禁されるにあたって、私たちが覚えておいたほうがよいことはありますか?
前川:従業員側の立場で給与のデジタル払いの制度を利用する場合の注意点は、資金管理が挙げられます。今まで、キャッシュレス決済に100万円チャージする方はほとんどいなかったと思いますが、給与のデジタル払いを利用することで、100万円近くたまる状態が現実化すると思います。「100万円までしかためられない」ことを念頭に、資金をこまめに移動させるような管理面での工夫が必要になるのではないでしょうか。
本山:クレジットカードでも言えますが、キャッシュレス決済だと、「お金」に対する意識が薄くなってしまうことも考えられます。使い過ぎなどにも注意する必要がありますね。また、インターネット障害があった際に、アプリが使えなくなるなどの問題が起こる可能性もあるので、資金を分散させる意識が重要になってくると思います。
――企業側にとっての注意点はあるのでしょうか?
本山:企業側の注意点は「リスク管理」です。とくに事業者の破たんは従業員の生活への影響が大きく、会社にとっても懸念事項になります。導入にあたっては、救済策がどうなるかを見極めることも大切です。事前に従業員側と協議しつつ、デジタル払いのリスクや制限についても十分に説明したうえで進めていくことが必要だと思います。
前川:これから始まる制度であり、取引が殺到してエラーが頻発するなど、予想していなかった問題が起こる可能性も考えられます。企業としても段階的に導入を検討していくのがベターではないでしょうか。
――最後に「給与のデジタル払い」に関して、コメントをお願いします。
本山:給与のデジタル払いはあくまでも現金払い、銀行払いに続いて新たにできた選択肢の1つに過ぎません。給与の支払い方法を決定するには、従業員の同意が必要になり、従業員の自由意思で決められるように十分配慮することが大切です。
前川:事業者の破たんに対する救済策やセキュリティ問題など、給与のデジタル払いにはまだ多くの問題が残っています。しかし、自分に合った給与の受け取り方法が選択できるようになることで、より働きやすい社会が実現できるのではと期待しています。
まとめ
今回、税理士の本山さんと社会保険労務士の前川さんにお話を聞き、「給与のデジタル払い」には、従業員側と企業側の双方にメリット・デメリットがあることがわかりました。
とくに企業側が導入するには、「振込手数料の削減」というメリットと、「運用コストの増加」というデメリットがあり、そのバランスをどう取るか検討する必要があるかもしれません。一方、従業員側には現金をデジタル決済手段に移す手間が省ける一方、使いすぎに注意する必要などがあります。
しかし、キャッシュレス決済は今後さらに普及していくことが予想され、給与のデジタル払いへのニーズも高まっていくことでしょう。今回のインタビューが、給与のデジタル払いについて詳しく知るきっかけになれば幸いです。
- 取材・文:庄子洋行
- 撮影:深堀雄介
ソナミラ株式会社 金融商品仲介業者 関東財務局長(金仲)第 1010号