経済アナリスト・森永康平さんが語る、マネーリテラシーが絶対に必要なワケ
「日本人はマネーリテラシーが不足している」と最近よく耳にします。マネーリテラシーとは、お金や経済の知識を持ち、それを活用して判断する能力のことです。お給料以外でお金を稼ぐことは悪いことのように受け止められがちな日本の社会ですが、生きていくうえでお金は、どうしても切り離せないものです。今回は経済アナリストであり、子ども向け金融教育ベンチャー企業を経営する森永康平さんにインタビュー。経済を学び始めたきっかけやお金に対する価値観、マネーリテラシーの大切さについて聞きました。
小学5年生からお金の知識を独学
――経済やお金について学ぶようになったきっかけを教えてください。
森永:遡ると、子どもの頃は小児喘息とアトピーを患っていて、運動が全くできませんでした。激しい運動をするとすぐに発作が起きてしまいますし、汗をかくとアトピーが酷くなってしまう。インターネットもまだ普及していない頃だったので、運動ができないなら絵を描くくらいしかやることがない。そこで「絵を描くなら、この裏側を使いなさい」ともらったのが、父親(経済アナリストの森永卓郎さん)が職場で不要になった経済レポートの紙でした。
絵を描くのにも飽きてきた小学5年生の頃、「この紙(レポート)には何が書いてあるのだろう」と、だんだん気になっていきました。読んでみたものの、内容は全くわからない。父親に「教えて」と頼んだところ、「自分で調べなさい」と渡されたのが2冊の分厚い経済学の教科書だったんです。
――小学生に経済学の教科書を…。それは自主的に学べという教えだったのでしょうか?
森永:そうなんですかね(笑)。でも実際に読んでみると、これまたわからない言葉だらけ。教科書の後ろに索引が付いていたので、わからない言葉は索引を使って解説を読むんですが、やっぱり意味がわからない。でも調べていくうちに、少しずつ経済やお金の知識が身に付いていきました。
――小学5年生の心に、「経済学」の何が刺さったのでしょうか。どこに面白さを感じたのですか?
森永:経済学に興味をもったわけでもなくて、本当にほかにやることがなかっただけなんです。当時スマートフォンがあったら、ゲームをやって時間が過ぎていったでしょうね。「経済学との運命的な出合い」のような大それたストーリーではなく、単純にやることがなさ過ぎたんです(笑)。
大学時代に始めたデイトレードで、学ぶ意欲に火が着く
――大学では経済学部を選ばれていますが、どういういきさつがあったのですか?
森永:暇つぶしに近い気持ちで経済学は学んでいたのですが、それでも「プロから、しっかりと経済学を習いたい」という思いはありました。そこで経済学部に進んだのですが、最初の2年間は小学校5年生の頃から独学で学んでいたことの繰り返し。
それはそうですよね、いくら教えるのは経済学のプロでも、教わる人のほとんどはこれまで専門的に経済学を学んだことがない学生ですから。なので正直なところ、自分としては期待外れでした。結局、大学生活の4年間は塾の講師のアルバイトに明け暮れていましたね。
その生活が少し変わったのは、父親からもらった1冊の本がきっかけでした。父親が「デイトレードで3億円稼いだ大学生」として話題になった三村雄太さんとの対談を行い、「面白い大学生と対談したから、読んでみたら」と彼の書いた本を渡してくれたんです。読んでみて、経済の知識が身に付いている自分にもチャンスがあるかもしれないと思い、大学時代から証券取引をスタートしました。
――大学生で始めたデイトレードは、森永さんにとってどんな体験でしたか?
森永:さまざまな人によく言っているのですが、少額からでも投資を始めると、その経験が最高の教材になるんです。自分のお金が1円でも2円でも、増減してしまうのは気になって仕方ありません。絶対に損はしたくないから、そこで初めて「しっかりと勉強しよう」というモチベーションが湧いて、独自に研究するようになりました。
――大学卒業後、金融・証券取引関係の企業に就職されています。デイトレードをして、学んだことの影響も大きかったのでしょうか。
森永:これは偶然だったのですが、実は直接的に影響がありました。元々、大学院に進学しようと思い、就職活動はしていなかったのですが、父親から反対されたんです。「3年間は社会で働け。それでも学びたかったら、会社をやめて大学院に入ればいい。社会経験を積まないと、現実社会を知らない学者になるぞ」と言われて…。
子どもって結構、親の言うことに反発しますよね。自分もそういうところはありますが、そのときは父親の理屈がスッと腑に落ちて、就職を決意しました。たしかに、学問だけ習得して社会経験のない人間って頭でっかちな場合もあるかもしれないな、と。
――とはいえ、就職活動のスタートは遅れてしまったのでは?
森永:ええ。そこからあわてて就職活動を始めたのですが、主要な企業の面接はほぼ終わっているタイミングでした。そんななか、自分が証券取引で使っていたネット証券会社なら、ユーザーとして徹底的に研究していたので合格できると考えて、その親会社に応募したんです。幸運にも、まだ募集していたので。
そして一次面接の面接官が、偶然、自分が利用しているネット証券で働いている方だったので、ユーザーとして感じていた意見を思い切りぶつけました。それが功を奏して、内定をもらうことができたんです。
日本の経済状況を知ったことで身に付いた、「無駄なお金を使わない」という価値観
――子どもの頃から経済についての知識をもっていたことで、どんな利点があったと感じていますか?
森永:私は本当に、お金を使わないんです。基本的にためるだけ。小学生の頃から、お小遣いやお年玉をためていました。「使った分は稼がなくてはいけない」というスタンスで生きてきたので、稼げないうちは消費するお金を減らすしかなかったんです。
私は1985年生まれなので、物心がついた小学生の頃にはもうバブルが崩壊しています。その後、日本はデフレ経済まっしぐら。子どもの頃から経済学をかじっていたこともあって、無意識のうちにお金を使わないという価値観になっていたのかもしれませんね。デフレのときは、現金を持っているのが「正解」だと思っているので、経済学的にも合理性のある判断だったのではないでしょうか。
――あまりお金を使わない森永さんにとって、お金とはどういうものなのでしょうか。
森永:私からすると、お金は自分の選択肢を増やすツールなんです。お金がないからやりたくもない仕事をやって、上司に怒鳴られても我慢しなければならない。悲しいことに、そうした環境が原因で過労死したり自殺したりといったケースもあります。
でも、経済的に自立することで、我慢しなくてもいい、好きなことができる自分になれる。だからこそ、お金を貯めておくという思考になっているのでしょうね。
――森永さんは、子ども向けの金融教育ベンチャー企業を経営されています。やはりご自身の経験から、子どものうちにマネーリテラシーを育む必要があるとお考えなんですね。
森永:この仕事をやっていると、「お金の話をするなんて」「お金儲けはよくない」と言われることが多々あります。しかし、それは違うというのが、私の考えですね。お金を持って選択肢をふやしたうえで、何を選択してどんな人生を選ぶのかを考えればいいと思うんです。
「お金持ちには悪い人が多い」なんていう偏見は全く的を射ていません。お金のせいではなくて、それは本人の資質でしょう。自分の未来になるべく多くの選択肢をもつためにも、まずはお金や経済について知識を得て、それを活用する術を身につけることが必要なことではないでしょうか。
みんながお金を上手に活用できる社会の実現に向けて
――金融教育ベンチャーの株式会社マネネを立ち上げられた経緯を教えてください。
森永:大学時代に打ち込んでいた、塾講師のアルバイトも大きな影響があると思います。大学2年生のときに受け持ったのが中学1年生の生徒たちで、大学4年生のときには彼らが高校受験を迎えたんです。3年間を一緒に過ごして、非常に強い思い入れがありました。受験が終われば嬉し涙を流す子も、悔し涙を流す子もいます。そうした涙を見たときから、「将来、自分も一緒に涙を流せるような仕事をしたい」と思うようになりました。
そして、社会に出てからの経験が、金融教育を事業にしたいという気持ちを固めていきました。社会人になると、投資や保険などいろいろな勧誘を受けることが増えますよね。その数々の話から、自分にとって必要なものと不必要もの、よいものと悪いものを見分けるには、マネーリテラシーが本当に役立つと感じているからです。
――株式会社マネネを通して、子どもたちにお金や経済について伝えるうえで、大切にしているのはどんなことでしょうか?
森永:私が常に心掛けているのは、難しい言葉に頼らず、とにかくわかりやすく解説すること。子どもがわからない言葉ばかりを使っても、意味がありません。しかし金融教育に限らず経済の世界って、本当にわかりにくい説明をする人が多いんです。でも、専門用語を使って説明すれば経済の知識がある、リテラシーが高いというわけではないですよね?
マネネは、子どもに対してお金や経済についてわかりやすく伝えて、みんなが基礎的な知識を持ち合える社会になればという気持ちで創業しました。私は、先ほどまで話したように、興味があって経済学を学んだわけではありません。本当に、やることがなくて学んだだけなんです。それでも子どもの頃から身に付いていった社会のしくみやお金についての知識が、社会人になって活きていると感じています。
その経験から、子どもの頃からの教育が必要だと実感しているんです。お金について、平等にみんなが知識を身につける必要がある。それができる環境を作りたいと思っています。
- 取材・文:庄子洋行
- 撮影:竹下朋宏